入ってきたのはいつごろ?日本の野球の歴史

入ってきたのはいつごろ?日本の野球の歴史

野球はどこで生まれたのでしょうか

野球は1845年にアメリカのニューヨークにあるニッカボッカー・ベースボール・クラブという社交クラブで、20個の項目からなるルールが作られたのが始まりです。クラブの一員だったアレキサンダー・カートライトがそのルール作りに大きくかかわったとされていることから、アメリカではベースボールの父と呼ばれています。

カートライトのルールのもとになったものは、イギリスの子供たちが親しんでいた遊びです。この遊びはラウンダースなどと呼ばれアメリカに伝わって発展しアメリカの北東部で野球に似たゲームとなって、盛んに行われるようになりました。そのため正しくはベースボールはイギリスから伝わった遊びをもとに、アメリカで誕生したスポーツということになります。

我が国に入ってきたのはいつごろなのか

日本にベースボールが伝わったのは1872年のことで、約150年の歴史があるわけです。アメリカ人教師のホーレス・ウィルソンが第一大学区第一番中学(現在の東京大学)の生徒に教えたのが、始まりだといわれています。
ベースボールはやがて学生たちの間で人気となり、当時の大学同士で対抗試合などが盛んに行われ次第に子供たちにも広がっていきました。

また野球が入ってきてしばらくはベースボールと呼ばれていましたが、中馬庚という人が野原でやる球技ということから1894年に野球と名付けました。

甲子園の歴史とその始まり

野球が伝わったころは主に大学生の間で人気が出ましたが、やがて年代や地域を超えて広がっていきます。そして1915年(大正4年)旧制中学(現在の高校)の選手たちにとって初の全国大会となる、夏の選手権大会(全国中等学校優勝野球大会)が開かれ1924年には春の選抜大会(全国選抜中等学校野球大会)が開かれました。これが、現在の全国高等学校野球選手権大会、選抜高等学校野球大会の始まりと歴史です。夏の選手権大会が1953年から、春の選抜大会が1954年からテレビで生中継されるようになってからは次第に高校生の大会という枠を超えて、国民的な大会となっていきました。

日本のプロ野球の始まりと歴史

1934年(昭和9年)アメリカからベーブ・ルース選手など一流選手が来日し、日米野球大会が行われました。日本の人気選手たちとの夢の対戦が行われ、大きな人気を集めました。

これがきっかけとなってまだプロ野球がなかった我が国にも、プロの誕生を望む声が高まり1934年にプロ球団が誕生したのです。そうしてできたのが大日本東京野球倶楽部(のちの東京巨人)でした。その後次々と球団が誕生し、1936年には合計7つの球団ができ日本職業野球連盟が設立されプロの公式戦が始まったのがプロの歴史です。

世界の野球事情はどうなっているのか

IBAFは、世界各国の野球連盟が加盟する国際組織です。116の国と地域が加盟していて、世界のエリアによって5つの連盟に分かれています。アメリカで誕生した野球は、アメリカでは4大プロスポーツの一つとしてサッカーなどよりもはるかに人気があります。またアメリカの近くの国々(メキシコ・キューバ・ドミニカ共和国)でも盛んに行われています。日本・韓国・台湾といった東アジアでも盛んで、プロリーグもあります。

一方サッカーがとても盛んなヨーロッパでは、人気がサッカーに押され気味です。しかし国の数が多いこともありヨーロッパの連盟には39か国が加盟していて、IBAFでは最大の加盟数になっています。同じようにアフリカも国の数が多い地域ですが、専用の球場を作るためにお金がかかりいくつもの用具が必要となるため、経済的に厳しいアフリカではなかなか普及が進まず加盟数は17か国にとどまっています。

世界の中での日本の野球の立ち位置は

アメリカのメジャーリーグでは、日本で活躍した選手が入団して頑張っています。メジャーリーグから日本にやってくる選手も少なくはありません。1990年代からメジャーリーグには、アジアを含めた世界中から優秀な選手が集まるようになりました。そこで各国のプロ・アマリーグの選手たちによる国別対抗戦を実現させることで、メジャーリーグを世界に広め野球をもっと盛んにしようと考えその結果IBAFに認められた、WBCの第一回大会が開催されています。

WBCに招待された16か国は主にメジャーリーグに選手を送っている国です。このメジャーリーガーを中心としたWBCという一大イベントをオリンピックに代わる国際大会として、育てたいと考えています。日本選手は毎回出場して輝かしい記録を残しているところです。