野球観戦で訪れたい世界の野球大国〜キューバ編〜


 

世界の野球を学ぼう。世界からの学びは日本プロ野球の進化へと繋がる。そんな思いから、野球を通じて世界を巡る企画を進めています。第一弾はアメリカでした。言わずと知れた野球大国ですね。大リーグという名前の由来やら、球の跳び方が悪くなった時代の話やら、多くを学びました。続いての第二弾はまたしても野球大国であるキューバです。野球好きなら必ず、あらゆる場面でキューバのことを耳にしているはずです。しかし、あなたはキューバのことを知っていますか?キューバは野球強いよね…以上のものを学びに出かけましょう。

 

キューバの野球はアメリカから始まった

 

国技と言えるほどにキューバでは野球が大人気です。しかし、この始まりをご存知ですか?それは意外にもアメリカの影響だったのです。アメリカの大学に留学していたキューバ人が野球のルールをアメリカで覚え、それを母国に持ち帰ったことがキューバの野球の始まりだと言われています。しかし、早い段階でキューバの野球が危機を迎えます。なんと、キューバを統治していたスペインが野球を禁止しました。なんででしょうか?皆が楽しそうに遊んでいるのが気に入らなかったのでしょうか?それとも、もっと深い理由が…?当時のスポーツ事情を考えてみればわかります。スペインで有名な競技は何だと思いますか?今でこそサッカーかもしれません。バルセロナやレアル・マドリードをはじめとするリーガ・エスパニョーラの熱気を考えるとそう思わざるを得ません。しかし、当時は違いました。もっと伝統的な競技を忘れてはいませんか?そう、闘牛です。この闘牛を否定するような意味合いを野球が担っていました。もう一つの自由な選択肢といった感じです。だから、これを否定することの意味合いはかなり大きかったと言えるでしょう。

 

サトウキビと野球の発展

 

キューバでの野球の普及にはサトウキビが大きく関係しています。当時のキューバにはたくさんの黒人奴隷がいました。彼らは、サトウキビ工場で仕事をさせられていたのです。しかし、サトウキビの収穫のタイミングなどから、必ずしも一年間を通してずっと忙しいわけではありません。むしろ、何もしない暇な時期がありました。そんな時期に野球をして遊ぶようになり、これが一気に普及に貢献したのだと言われています。さらにさらに、野球は道具をほとんど必要としないスポーツです。木の棒とボールがあれば遊ぶことができます。さらに順番が回ってくるまでは、座って休むこともできます。このような意味で、暑い国であるキューバとの相性がよかったのも一つの要因です。もしあなたがサトウキビ工場の経営者だったら、どうするでしょうか?一つ興味深い話があります。工場ではチームが作られ、工場での働きを頑張った人が優先的にその試合に出してもらえたそうです。この話から、彼らにとって野球がどれだけ大事なスポーツであったかがわかります。20世紀に入ると、キューバとアメリカの野球を通じた交流は盛んになりました。中には、アメリカでプレーしつつ、時期を見計らってキューバでもプレーする選手もいたそうです。

 

キューバ革命と野球

 

キューバ革命をご存知でしょうか?1959年にフィデルカストロがキューバ革命を起こすと、アメリカとキューバの関係は一気に険悪になります。キューバ国内でプレーする選手はスポーツ選手ではなく、国家公務員として給料をもらう形になりました。実際にこれには賛否両論があったようで、不満を持った選手がアメリカに亡命して、そこでプロ野球選手として活躍することもありました。この方針を進める中でキューバの野球は衰退します。困った国内関係者は、仕方なく、一部の長年功労をした選手に限っては特別な条件下で他国のチームでプレーすることを許可しました。これから、どんどんとキューバの野球が世界に開かれたものに変化していきます。

 

キューバの野球の歴史は面白いものです。アメリカと敵対するというイメージが長年あったことから、多くの人がアメリカとキューバの革命前の繋がりには驚かされたのではないでしょうか?私も今回の調査を行ってみるまでは、キューバとアメリカの繋がりがここまであったこと、そして、そのアメリカこそがキューバに野球をもたらした存在であることを知りませんでした。その後、革命を経てキューバの野球は弱まっていきますが、うまく持ちこたえて現在の大国に至ります。